2015年11月21日土曜日

若い頃から節約しても人生は楽しい―むしろ詰まらないのは節約しない人生では

貯金や早期リタイアの話になると必ず出て来るのが、
「若い頃からケチケチ節約して人生楽しいのか?」という声。
楽しい。答えは単純。しかし、考え方は色々。
節約と楽しみを両立する人生の生き方について考えてみます。

この記事の趣旨
 
節約は手段であって、目的ではなく、
自分が楽しみたいと思う目的のために節約がある。
だから、節約自体が楽しいものである必要は無い。
(付随的に創意工夫の楽しさがついてくるが)
漫然と消費する人生より、
その活動のために節約したいと思えるほどの活動を持てる人生のほうが、
楽しいのではないか。

節約して楽しいのかと言うが消費したら楽しくなるのか?


生きるために必要なもの以外を買う消費という活動は、
たいした楽しみや幸福感を生み出さないのではないでしょうか。
(以下の文では、「消費」は生きるために必要なもの以外の嗜好品等に金を費やすことを意味する)
高い車やら服やら食事やら、そういったものは人生を楽しむことに不可欠ではないと思われます。
(さらに強く言うのであれば、人生を楽しむのに十分とも言えないのではないか)
たしかに、節約するだけの人生ならたいして面白いものでもないでしょう。
しかし、たいして面白くないのは、消費するだけの人生でも同様です。
節約だけの人生も詰まらない、
消費するだけの人生も詰まらない(あるいはたいして面白くない)。
それなら、節約・消費自体以外の人生の側面が幸福感を決めることになると言えるでしょう。
そして、節約することは人生の他の側面での自由を広げてくれるのに対して、
消費は他の活動を制限します。
節約は自由に使える金と時間を増やすのに対して、
消費はそれらを減らすことになるからです。
それゆえ、消費することよりも楽しめる活動を持っている人間ならば、
消費を制限して他の活動を楽しむ自由を享受するのが合理的と言えるでしょう。
この他の活動には、
自分が本当に追求したいと思える活動、楽しめる活動が含まれます。
したがって、自分が本当に楽しめる活動に関する消費(経費)は許容されます。
許容されるどころか、そのためにこそ節約があると言えるでしょう。
実はこの理屈は、節約派の行動のみでなく消費派の行動にも根拠を与えるものになっています。
消費よりも楽しめる活動を持てない人間は節約をする必要はないわけですから、
好きなように消費するのが合理的と言えるわけです。
そういう人生が楽しいと言えるかは疑問ですが。

節約と消費の関係は=集中と分散の関係と同じ


特定のもののために、他を切り捨てるのが節約の考え。
金と時間を特定のものに集中させずに使うのが消費の考え。
他を切り捨てさせるだけの魅力を感じさせるものに出会えた点で、
節約派の人生のほうが私には楽しく見えます。
中には節約自体が目的となって節約そのものを楽しむという節約派もいるでしょう。
そういう場合も節約を楽しむという目的のもとに、他を切り捨てているのですから、
上述の記述から逸脱しているわけではありません。
大まかに言って、
広く浅くの人生が消費派、深く狭くの人生が節約派と言えるのではないでしょうか。

節約の対象は金よりも時間


節約というと金のことが思い浮かびがちですが、
金よりも時間を節約の対象と考えるのがより正確な解釈かもしれません。
生活費が減れば、生活費のために働かねばならない時間が減ります。
金を節約することが時間の節約につながるわけです。
時間と金が常にトレードオフであるかのように考える人もいますが、
私にはそうは思えません。
金を稼げば、働かなくて良い時間が増えるのと同じことです。
(生活費が既に十分にある場合は別ですが)
自由な時間により価値を感じる人、
あるいは働いている時間により苦痛を感じている人は、
節約の意義をより大きく感じるでしょう。
消費派は仕事大好きの会社人間が多いのかもしれません。
また、口では嫌といいつつ必要以上に職場で時間を使う人もいます。
このタイプの人間は、自主的に取り組みたいと思う活動がないのかもしれません。
そういう人にとっては自由な時間は苦痛です。
そのため、時間や金を節約しようとなど思わないのも自然なことです。

何のために生きるかが人生の楽しさを決める


何のために生きるか。
どんな活動に時間を費やすか。
自分はその活動にどれだけの価値を感じられるか。
これらの問いに対するが人生の楽しさを決めるように私には思われます。
節約派の目的は人それぞれです。
なら何故節約派のほうが人生を楽しめると思うのかという話になります。
その理由は節約派が目的意識を持っているところにあります。
節約派は自分がやろうとしている活動のために、
嗜好品等の消費を切り捨てているわけです。
節約派は少なくとも自身にとって満足できる目的のために行動しています。
その点において、
目的が曖昧な状態で漫然と消費する消費派よりは、
人生を楽しんでいる確率が高いのではないでしょうか。
また、例え目的が明確に定まっていなくても、
その目的を探そうとする姿勢自体にも価値があるように思われます。
その姿勢は、何となく周りと同じように生きるという生き方から離れ、
自分が本当に満足できる人生を求めるものだからです。
それは辛いことかもしれませんが、
漫然と時間と金を使うことよりも長期的な幸福に貢献してくれそうです。

私自身、まだ人生の目的を明確に定めているわけではありませんが、
その探求を放棄するつもりはありません。
最高の活動を求めて生きていきたいと思います。

2 件のコメント:

  1. ENTJ-T型の大学4年生です。
    たまたま、このブログを発見しましたが、聡明で注意深く丁寧なところに大変、驚きました。
    どうぞ、頑張ってご自身の目標をいち早く達成してください
    と同時に、その緻密な思考で色々な意見や考えを書いて下さい。面白いのでたまに見に行きます。

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  2. コメントありがとうございます。励みになります。
    こんなマイナーなブログをよく見つけましたね。
    毎月一記事は書きたいと思っていたのですが、最近は滞りがちになっていました。今は転職直後なので特にバタバタですが、人生は自分の意思で変えていけるという実感が得られて中々新鮮な気持ちです。今後も自分の考えや経験について、自分にとっても他の人にとっても何かしらの参考になる形で書いていきたいと思っています。

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