周囲の人々がうまいコミュニケーションをとっている場面を見ると、
改めて自分が危機的な状況にあることが認識されます。
私は、とりわけ目上の人に対して、
敬意を示す対応をすることが苦手なようです。
その感覚と対処法について書いてみることにします。
目上の人に対する対応の拙劣さ
コミュニケーション能力の低い私は、
組織の中で活動していく経験をあまり持っていません。
人と共に過ごすことを嫌うことから、
人付き合いを避け、そのことによって能力が鍛えられない、
といった悪循環になっていたようです。
また、そもそも目上の人を敬うという慣習に、
どの程度の正当性があるのか疑ってしまいます。
私にとって、目上の人を特別扱いしてあれこれ気を回す文化は、
何となく気持ち悪いのです。
飲み会の席で役員に個別に挨拶しにいったり、
偉い人が外を歩くときに、
SPのように警護(?)のような行動を取る人を見ると、
ある意味感心してしまいます。
しかし、私個人としてそのような行動を取りたいとは思えません。
率直に言って、
私はそのような行動を軽蔑しているような側面があるようです。
長期的利益が云々などということを言うわりに、
目上に媚びたくないなどと思うのは矛盾しているのですが。
私の目上を立てる文化への嫌悪感も、
「酸っぱい葡萄」的な発想から生まれているのでしょうか。
この嫌悪感は、長期的利益を阻害する青臭さとして、
排除されるべきものなのでしょうか。
当然、その可能性も考えられます。
現状の私には判断し難いところです。
目上を立てるのが面倒という感情にどう対処するか
①嫌悪感に対して理詰めで考え抜いてみる
何故嫌いなのか、何故出来ないのか。
そういった点を突き詰めていくことが重要であるように思われます。
自分の一つの感情や態度が、
排除すべき欠陥なのか、認められるべき価値を持っているのか、
簡単に判断することは出来ません。
また、自分以外の人々はどのように考え、
どのように行動しているのかという点も参考になりそうです。
何となく嫌だからという理由で放置しておくと、
やがて重大な損失を生むことになりかねません。
②不利な感情であることを認識し、他の能力でカバーする
目上の人に好かれることにはメリットがあるという理由で、
多くの人は目上を立てる行動をとるのであると考えると、
目上を立てなければ不利な状況に置かれることになります。
その点を自覚し、その危機感をバネとすることで、
他の側面での自分の前進をサポートするという発想。
若者らしい根拠のない自信で、
ガンガン能力を伸ばしていくという姿勢。
欠点の少ないジェネラリストのようなタイプとは真逆である私には、
そういう考え方が大事であるように思われます。
苦手分野を底上げすることを放棄する必要もないのですが、
どれだけ強い部分で突き抜けることが出来るかという点が、
今後の私の人生を左右するのではないでしょうか。
色々な事情を考慮に入れると、
無難にまとまった能力の人間を目指しても、
あまりうまくいきそうにないように思われるのです。
さしあたっては、何かしらの特化能力を鍛えていくことに、
重点を置くことになりそうです。
③目上への礼儀を必要最低レベルまで引き上げ悩むことを止める
わざわざこのような記事を書いているということは、
私自身としても自分の感情を問題視しているということになります。
自分の能力に対する不安は、
ストレスに繋がり日々の生活の充実感を蝕んでいきます。
そこで、必要最低レベルのことはやれるようにしておくことで、
余計なストレスを断ち切るというのは真っ当な対処法に見えます。
具体的には、周囲の人の対応を真似するのが単純な解決策です。
自分の次に下手な対応をしている人に並ぶという程度なら、
あまり気負わずにやっていけるのではないでしょうか。
少ないコストでストレスを打ち消すことが出来れば、
それだけのエネルギーを注ぐべき箇所に注ぐことが出来そうです。
まとめると、モヤモヤとした感情を放置せず分析してみること、欠点をバネにして成長につなげること、とりあえず最低レベルをクリアすること。この三点になります。
言うは易しですが、
言うことで曖昧に誤魔化しにくくなることもまた事実。
長期的視野に立って人生をうまく進めていきたいものです。
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