2015年6月16日火曜日

明日死ぬなら今日は何する?-人生の1日の価値を考える

スティーブジョブズの有名な考えの一つとして、
今日が人生最後の日だとしたら、
今やろうと考えていることをやるだろうか?
というものがあるようです。
見識の狭い私はつい最近この考え方を知ったのですが、
この考え方と1日の価値について書いてみることにします。

明日死ぬという前提は今日の価値を実感させる


ジョブズはこの問いに対する答えにNOが続くと、
今の生き方は間違っていると認識したそうです。
シンプルかつ魅力的な考え方の一つですが、
本当にその通りにやれる人は少ないのでしょう。
しかし、この考え方は、
人生をなんとなく浪費している人間には強烈な印象を与えます。
少なくとも、私には印象的な言葉でした。
YESと答えられる人がどれだけいるのでしょうか。
実行出来るのは極少数であるのに、
言葉としては多くの人を捉えるというのも不思議な気がしますね。
自分の生き方について、
あまり真面目に考えていない人が多いのかもしれません。

ところで、最後の1日だと仮定すると、
勉強や成長するのに十分な時間がありません。
しかし、実際には大部分の人の人生には、
1日以上の残り時間が与えられています。
そう考えると、最後の1日ではやりたいとは思わなくても、
やるべき行動というものもある気がします。
そのような問題点を抱えているにも関わらず、
何故この考え方にはあれほどの魅力があるのか。
その原因は、長い人生の中の今日という1日に、
重大な価値を置く点にあるのかもしれません。
今日という目の前の具体的な時間の価値を指摘することは、
単に時間が大事であるというような、
抽象的かつ不明瞭な指摘とはまるで違うわけです。
脇道に逸れますが、
私には抽象的かつ曖昧な考え方に接近する傾向があるので、
具体的かつ鮮明な印象を与えるような考え方を、
意識的に求めていきたいと思います。
結局のところ、理屈は感情を味方にしなければ、
行動を生むことが出来ないのかもしれません。

一日の価値に関する考え方


1日の価値を改めて考えてみること。
人生が約80年だとすると約3万日です。
成人後に残るのは約2万2500日。
なんだかピンと来ませんね。
抽象的で不鮮明な考えは脆く、
五感や想像力に訴えかける概念は強力なようです。
私は先月から、
カレンダーの過ぎ去った日に斜線を引いているのですが、
この単純な作業でも時間に関する印象を変えることが出来ます。
それは時間を視覚化したことによるのでしょう。
また、数字を扱うにしても、
感情に訴えるような使い方をするほうが利口なのでしょう。
例えば、「夏は人生に80回しか来ない」とか、
「人生を24時間に例えるならば、
20歳はまだ午前6時である」とか、そういった表現ですね。
個人的には人生を1日に例えるのなら、
スタート時点を朝の6時あたりにしたほうが、
より感情に訴えかけてくる気がするのですが。
朝6時に起きて夜12時に寝る1日に80年の人生を例えれば、
1時間が約4.4年であり、22歳が午前11時ですね。
学部卒で就職した新入社員は、
午前11時の時点に立っていることになります。
楽しい午後を過ごすためには、
そろそろ適切な準備をしておく必要がありそうです。

私の方針


計画は5年先程度にまで視野を広げ、
1日は最後の1日のように大切に使う。
私にはこれくらいの方針が魅力的に思われます。
しかしながら、計画をしっかり立てることも、
1日を大切に扱うことも決して簡単ではないことは自明です。
続けることで習慣を作ってしまうことがカギになると考えられます。
習慣は第二の天性とも言いますからね。
とにかく継続すること。
それが大事なのでしょう。
私のさしあたっての具体的な五年以内の目標としては、
海外留学があります。
職場の制度として勉強させてもらえる機会があるようなので、
狙っていきたいところです。


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