プラトンは『国家』において魂を三つの部分に分けました。
欲望、理性、気概です。
気概は、悪しき教育によってだめにされないかぎりは、
理知的部分の見方であるとされています。
しかし、自分の心の中で、
気概を悪しき教育から守ることは簡単ではないと思います。
欲望に従って、
理性の命じることと異なる選択をしてしまう経験は、
誰にでもあるのではないでしょうか。
長期的な利益を守るためには、
気概を理性の味方としなければなりません。
とりわけ、コミュニケーション能力の低い人の場合、
周囲の人との接触が少ない分、
自分で自分を律する能力がより高く求められると言えそうです。
そこで必要になるのが気概であると考えられます。
もっとも、理性の指示が正しいという前提があるのですが。
実際のところ、
複雑な判断が必要な場面はそれほどないのではないでしょうか。
あるいは、仮に高度な理性的能力が必要であるとしても、
必要だからといって急に理性を高めることは出来ません。
そのため、気概のほうを鍛えることが有効であると考えられます。
気概を鍛えるということも簡単ではないでしょうが、
理性の指示通りの行動をしてみることで、
利益が確保されたという経験を積み重ねることが出来れば、
自然と気概も鍛えられていくのではないでしょうか。
少なくとも、私はそう考えています。
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