2015年8月22日土曜日

まだ20代前半なのに将来に対する強烈な不安と焦りを感じる

世間には多少の失敗や挫折があっても、
若ければなんとかなるという風潮があります。
それにもかかわらず、
私が時折感じるこの強烈な不安や焦りは何なのでしょうか。 
不安と焦りについて書いてみます。

根本的な問題は人間関係構築力の低さ?


結局のところ、私にとって最も大きな問題は、
必要な人間関係を構築する力の弱さであるように思われます。
コミュニケーション能力の低さと言ってもいいのかもしれません。
しかし、出来る出来ないという話以前に、
人間関係を広めていきたいという意欲が欠けている気もします。
これは学習性無気力と認知的不協和の結果なのでしょうか。
原因が何であれ、
良好な人間関係を構築する能力が欠如していることは、
強烈な不安感をかき立てるのに十分な事実です。
余暇の生活であれ、仕事をしていく上であれ、
結局は人間関係というものが物事を大きく左右します。
私の場合、そのどちらにも問題を抱えているので、
ある意味不安になって当然とも言えるかもしれません。
職場の同期がうまくコミュニケーションをとっている様子を見ると、
改めて自分の拙劣さが認識されます。

生きていくためにはお金が必要ですし、
お金を得るためには仕事が必要なので、
さしあたっては、
仕事を失わない程度の人間関係を構築する必要があります。
最低レベルのものかもしれませんが、
逆に考えればこのレベルをクリアできていれば、
生きていくことが出来るのですから、
それ以降はある意味開き直った行動がとれそうです。
「べつにそれで死にはしない」 という開き直りの選択肢の存在は、
ストレスを軽減するのに役立ってくれそうな気がします。 
マズローの自己実現理論の下の段階をクリアすること。
さしあたっては、その点を意識してやっていきたいと思います。 


経済的弱者には強烈な不安が生まれる?


人間関係を構築する力が弱くても、
自由に暮らしていくだけの基盤があれば不安は減るはずです。
例えば、親が金持ちである場合と貧乏である場合とでは、
同じ能力の人間であっても不安の大きさが異なると思われます。
そう考えると、私の不安の根源は、
私が経済的な弱者であるという点から生まれているのでしょう。
働かなければ食べていけないから、
働くための能力が欠けていることを不安に思うという理屈です。
そう考えると、
若者は不安を抱えていて当然と言えるのかもしれません。
やり直せるという言葉は、
何かを失った際に使用されるべき言葉だと思いますが、
若者は失う以前に得ることが出来ていないのではないでしょうか。
この力があればまぁ食べていくことが出来るだろうという、
安心感・安定感は個人の幸福感を大きく左右しそうです。
自由な生活を確保できるだけの能力ないために、
私は不安や焦りを感じているのでしょう。

不安と焦りをバネに自由と安定への道を開く


なんだかありきたりなフレーズですが、
クヨクヨしていても仕方ないので、
安定と自由を得るために必要なスキルを鍛えていこうと思います。
金があれば暮らしていけるので、
結局は金儲けのための能力を得るということですね。
とりあえず英語の勉強でもやっていくつもりです。
英語の能力がどれだけ金稼ぎにつながるかは、
不明瞭な点もあるかもしれませんが、 
私の現在の職場は英語の使える人材を求めているようなので、
少なくとも今の職場では役に立てる機会がありそうです。
とりあえず前向きにやっていきたいと思います。
 
 

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