若ければなんとかなるという風潮があります。
それにもかかわらず、
私が時折感じるこの強烈な不安や焦りは何なのでしょうか。
不安と焦りについて書いてみます。
根本的な問題は人間関係構築力の低さ?
結局のところ、私にとって最も大きな問題は、
必要な人間関係を構築する力の弱さであるように思われます。
コミュニケーション能力の低さと言ってもいいのかもしれません。
しかし、出来る出来ないという話以前に、
人間関係を広めていきたいという意欲が欠けている気もします。
これは学習性無気力と認知的不協和の結果なのでしょうか。
原因が何であれ、
良好な人間関係を構築する能力が欠如していることは、
強烈な不安感をかき立てるのに十分な事実です。
余暇の生活であれ、仕事をしていく上であれ、
結局は人間関係というものが物事を大きく左右します。
私の場合、そのどちらにも問題を抱えているので、
ある意味不安になって当然とも言えるかもしれません。
職場の同期がうまくコミュニケーションをとっている様子を見ると、
改めて自分の拙劣さが認識されます。
生きていくためにはお金が必要ですし、
お金を得るためには仕事が必要なので、
さしあたっては、
仕事を失わない程度の人間関係を構築する必要があります。
最低レベルのものかもしれませんが、
逆に考えればこのレベルをクリアできていれば、
生きていくことが出来るのですから、
それ以降はある意味開き直った行動がとれそうです。
「べつにそれで死にはしない」 という開き直りの選択肢の存在は、
ストレスを軽減するのに役立ってくれそうな気がします。
マズローの自己実現理論の下の段階をクリアすること。
さしあたっては、その点を意識してやっていきたいと思います。
経済的弱者には強烈な不安が生まれる?
人間関係を構築する力が弱くても、
自由に暮らしていくだけの基盤があれば不安は減るはずです。
例えば、親が金持ちである場合と貧乏である場合とでは、
同じ能力の人間であっても不安の大きさが異なると思われます。
そう考えると、私の不安の根源は、
私が経済的な弱者であるという点から生まれているのでしょう。
働かなければ食べていけないから、
働くための能力が欠けていることを不安に思うという理屈です。
そう考えると、
若者は不安を抱えていて当然と言えるのかもしれません。
やり直せるという言葉は、
何かを失った際に使用されるべき言葉だと思いますが、
若者は失う以前に得ることが出来ていないのではないでしょうか。
この力があればまぁ食べていくことが出来るだろうという、
安心感・安定感は個人の幸福感を大きく左右しそうです。
自由な生活を確保できるだけの能力ないために、
私は不安や焦りを感じているのでしょう。
不安と焦りをバネに自由と安定への道を開く
なんだかありきたりなフレーズですが、
クヨクヨしていても仕方ないので、
安定と自由を得るために必要なスキルを鍛えていこうと思います。
金があれば暮らしていけるので、
結局は金儲けのための能力を得るということですね。
とりあえず英語の勉強でもやっていくつもりです。
英語の能力がどれだけ金稼ぎにつながるかは、
不明瞭な点もあるかもしれませんが、
私の現在の職場は英語の使える人材を求めているようなので、
少なくとも今の職場では役に立てる機会がありそうです。
とりあえず前向きにやっていきたいと思います。
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