よくよく考えると本当の目標は自由を使って何をするか、
という点にあるはずです。
単に働くことが嫌だから早期リタイアを目指すというのでは、
本当に大切なものを見落とす危険性があるように思われます。
そのため、自分が人生で何をしたいかという点について、
考えてみることにします。
単に早期リタイアを目指すことの問題点
私の場合は、人付き合いが苦手なため、
組織で働くことに苦痛を覚えるという理由から、
早期リタイアを考えるようになりました。
しかし、嫌なことを避けるというだけでは、
人生という時間を有意義に使えているとは言えなそうです。
意義という言葉は、抽象的で曖昧な基準にも見えるでしょう。
しかし、安易な抽象化に逃げずに、具体的に考えようとすれば、
自分が納得or満足できるかということですね。
結局のところ、自分が納得できるかが一番重要であるという点を、
否定する人は少ないのではないでしょうか。
早期リタイアだけでは納得できないのか?
その理由を、嫌なことを避けるだけでは納得できないだろうという抽象的なものではなく、具体的に示す必要があります。
私の場合、このことはさほど難しくないように思われます。
何故なら、
働き始める前から人生にさほど納得していなかったからです。
働く前から納得していなかった人間が、
働かなくても生活できる状況を作ることで、
人生に納得するということは考えにくそうです。
従って、私が目指すべきことは、
自分で人生に納得できるだけの活動を行うことです。
そのために働かずにいられる環境が必要であれば、
手段として早期リタイアが必要となるわけです。
逆に考えれば、
組織の中で働くことに高い価値を見出せれば、
早期リタイアの必要性がなくなってしまいます。
組織と言っても色々な形態のものがあるため、
その性質とその中での自分の役割によっては、
高い価値を見出せる可能性は十分にあります。
そのような立場は社会的にも人気が高いものであるため、
獲得するためにはかなりの苦労を必要とするかもしれません。
もっとも、苦労が伴うのは早期リタイアの場合も同様ですが。
早期リタイアが必要にせよ、必要なくなるにせよ、
私が意識的に実行していかなければならないことがあります。
①自分がどのような活動に高い価値を感じることが出来るかを判別すること
②その活動に取り組めるだけの時間や能力を用意すること
どちらの点も一朝一夜に実現できるわけではないと思うので、
人生の早い段階から十分に意識しておく必要がありそうです。
私が今、一定の価値を感じているのは、思想関係の活動です。
さしあたっては、
語学力や思考力、単純な知識量を鍛えていくことで、
翻訳や自分の著作を作成するというを可能にするということが、
暫定的な長期目標として適当なのかもしれません。
人付き合いが苦手である自分の立場から考えても、
何らかのアウトプットを残すことで、
社会に一定の付加価値を与えるという行為は、
一定の自己肯定感を与えてくれるように思われます。
当然、自分自身も納得できる活動である必要がありますが。
人間は変わるものとはいえ、
何かしらの長期目標を掲げていたほうが、
努力に対するインセンティブも増しそうです。
今後は、そのようなことを意識しながら生きていきたいと思います。
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